ま え が き(2008年6月)

このたびの「科学技術の智プロジェクト」実施にあたっては、狭義の自然科学および技術の分野とともに、人文・社会科学の分野が加えられ、人間科学・社会科学専門部会が検討および報告書作成を担当した。先に公表された『すべてのアメリカ人のための科学』の取りまとめにも心理学、社会学、認知科学などの専攻者が加わっていたので、本報告の構成をそれと比較することができる。アメリカ版では、「科学の本質」(第II部第1章)、「人間(ヒト)」(第6章)、「人間社会」(第7章)、「歴史的観点」(第10章の一部)として当部会報告書の内容が部分的に盛り込まれている。

伝統的な学問体系における人文・社会科学には多くの個別分野が存在する。それらの成果をどのように盛り込んで21世紀に相応しい科学技術リテラシー像として描き出すかについて、あらかじめ当部会メンバーの間で意見交換が行われた。というのも、人文・社会系の場合、多岐にわたる個別分野を通底する、それゆえに人々が共有すべき基本的概念-自然科学における分子、モル、エネルギーなどに相当-や、多様な事象を統一的に理解するための理論-古典力学法則、相対性理論、進化理論などに相当-が必ずしも明確化されていないという特有の事情がみられ、そのことが作業を困難にすると思われたからである。

とはいえ、科学技術リテラシーの一部に、人間とその社会に関する知見が取り入れられる意義は大きい。これまで自然科学と人文・社会科学は「二つの文化」として区別されがちであった。とりわけ我が国では、すでに高校教育において文系と理系のいずれかを選択させるという指導を通じて、その傾向が助長されてきた。しかしながら、前世紀末以降、環境破壊や民族対立などの問題が深刻化する中で、その解決には、文系・理系の枠を超え、個別分野間の連携を推進することが欠かせないという認識が高まった。いまこそ、伝統的学問の継承・発展に努める一方、新たな学際的領域を開拓して学知の創造をめざし、その成果を享受できる社会を実現することが急務である。

本報告書の内容は、部会委員の専門性に大きく依存している。別の委員構成ならば、描かれる人間・社会の見取り図が大きく変わっていたかもしれない。執筆にあたってはそのことを自覚し、本稿によって人間科学・社会科学の領域全体を俯瞰しえたとは考えていない。スケジュールがタイトであった上に、分野の独自性もあって字句統一は最小限にとどめた。また、文体や難易度にも不揃いがあることや、閲読者のコメントを活かしきれずに終わっていることもある。今後、多方面の援助を得て、本書の内容の定着化を図りたい。

ともあれ、本専門部会では、日ごろ人間と社会を対象に自然科学や技術との連携をめざして学際融合的な研究活動を実践している各委員が、可能なかぎり巨視に自身の専攻分野を見据えて、執筆に心がけた。そこには、従来の人間・社会科学の成果にとどまらず、将来を展望した学知をも提示した。それによって、自身を冷静に見据える枠組となる人間理解と、現実社会の動向を的確に捉えるための社会観を提供しようと試みた。2030年には、それらの人間科学・社会科学に関する認識が素養として日本人に共有されることを期待する。

 

人間科学・社会科学専門部会を代表して

部会長  長谷川寿一

副部会長 辻 敬一郎