1.4 科学・技術を学ぶ意義

1.4.1 科学・技術と人間・社会・文化との関わり

(1)人間・社会にとっての科学・技術

人間は道具を使うという技能・技術を通して頭脳と手の発達を促してきた。さらに科学の成果と技術の成果が相まって、人間を取り巻く環境は大きな変革を遂げてきている。その過程では、豊かさや利便性を改善するのみならず、人間社会や自然界に被害を発生させたものも少なくないが、いずれにしても、科学・技術の進歩とその活用は人間と社会の在り方を左右する重大な要素の一つである。それは、ロケットや人工衛星の成功のように数学・科学・技術の総合力によって実現したとされる高度なものにとどまらず、現在の生活は、平素見過ごされているような身の回りのものまで、直接・間接的に科学・技術の成果によって成り立っている。人間は、そうした科学・技術革新の成果を享受しているのはもちろんのこと、直接・間接的に科学・技術によって成り立つ社会に生きている。

科学・技術リテラシーは、現代の社会を生きていく人間にとって重要な教養の一つとなる。科学・技術を学ぶことは、社会を学ぶことにつながり、その社会に生きる人間としての発達につながる。そして、それらに関する教養を身につけることは人間形成にとって必要な活動でもある。したがって、これを対象とする科学・技術教育は、人間、社会、科学技術という三者の関係を踏まえて構築される必要がある。

①人間にとっての科学・技術

人間の祖先は、いつのころか身の回りの材料を道具として使うことをおぼえ、その道具を使ってさらに有効な道具や機械、さまざまな性質の素材(強度の高い材料)を得るようになった。一方で、真理・法則を知りたいという人間の欲求から自然界に対する科学の探究が進み、知の体系としての科学が構築されてきた。それらはエネルギーの利用や機器の開発を実現し、新たなる発見や知的・物質的な豊かさをもたらした。これは一代や二代で達成できたものではなく、永年にわたる失敗/成功や思考の積み重ねである。

自然界の真理を探究しその法則を発見したいという思い(科学)、その法則を形式化してより一般的な原則を体系的に追究したいという思い(数学)、更には利便性・豊かさ・開発という目的を設定してそれを実現したいという思い(技術)が補完しあい、その成果としての科学・技術によって現在の社会が構成されている。このような科学・技術の影響を受けた環境の下で生きていくことを、私たちは自然の形として受け入れていることが多い。しかし、科学・技術それ自体は人間が探究・活用し、さらに制御すべきものである。それらの行為の是非は、一国の人間のみならず国際社会や地球全体の将来に大きな関わりをもつ。そしてこのことを、科学・技術に関わる者に限らず、全ての国民が自覚する必要がある。科学・技術の追求や利用は、単なる欲求による活動ではなく、人間の倫理観が伴ってこそ評価される。

②社会にとっての科学・技術

このように、科学・技術の成果は社会の構造を大きく改変し、現代社会を支える不可欠な柱、すなわち社会の構成要素の一つとなっている。したがって科学・技術は、特定の国や社会の利害によってその研究、開発、利用が偏向され制約されるものであってはならず、地球環境(宇宙環境)を含む人間社会全体に資するよう、適切に運用されなければならない。そのために、将来にわたって考慮されなければならない普遍的な要素として次の諸点を挙げることができる。

・理性ある自由が保障される民主的な社会

どのような社会においても、考え方や表現の自由が保障されなければならない。科学・技術の研究、開発、運用が適切に行われることにより多様に考えること、自分の考えを論理的に説明し説得すること、他人の考えを論理的に読み取り理解すること、周囲への影響を考えること、先を見通すことなどが促され、それらを受け入れてよりよい社会が形成される。このような自由で理性的な活動が保障されることにより、理性ある自由が保障される民主的な社会が実現する。

・地球の持続可能性を追求する社会

科学・技術は、人間に豊かで便利な生活をもたらす反面、人間社会や自然界に被害を発生させる元凶ともなりうる。科学の成果を活用した近代の技術は目的を達成するために多大な威力を発揮したが、一方で自然の姿の変形、破壊、汚染などの面において甚大な被害を起してきた。しかし科学・技術は、地球の環境(健康)保全や回復においても力を発揮することが可能である。破壊を導いたのが人間の欲求であれば、回復させるのは人間の英知である。すなわち、科学・技術を発展させ利用しているすべての国民に、科学の研究や技術の開発と利用に対して適切に判断し評価、管理する素養が必要であり、将来にわたる社会の安全や自然環境の保全のために、全国民が科学・技術を学ぶ必要がある。このように、科学・技術の進歩とその活用は、人間と社会の在り方を左右する重大な要素であるばかりか、人間社会や自然環境を含む地球全体の持続にも深く関わる課題である。

・高度情報化社会

現在のような高度情報化社会は、数学を基盤とした情報科学・技術の進歩によってもたらされている。そして私たちがそれを避けて生きることはきわめて困難である。その進歩の速度は一般人が理解できる範囲を超えており、対処できない場合も多い。しかし科学・技術が人間のために存在するものであるならば、情報技術を活用できる一部の人間の利益や便利さのためだけではなく、万人のための情報化でなければならない。高度に情報化された社会において、国民が不利益を被らないための情報化社会の構築が必要であり、一方ではそれに応えることができる科学・技術教育が求められる。

・生涯学習社会

急激な科学・技術の発展によって、人間を取り巻く環境は刻々と変化している。身の回りの製品はもとより、社会を支える構造や生活様式までが大きく変わりつつある。それに伴い、急速に陳腐化する知識や技能が生じ、その変化の割合はますます増加しつつある。その変化の割合は昔の数十倍、またはそれ以上であろう。このような社会においてよりよい生活を営むには、学校で学んだ知識だけでは及ばない。急速に変化する社会においては、信頼できる共通な基盤としての知識や考え方や能力に加え、変化に対応できる能力や新しい知識や考え方を身につける態度が求められる。一方で、その学習を支援するような社会環境の整備が必要である。

(2)文化としての科学・技術教育

①文化としての科学・技術

文化としての科学・技術には、「文化の営みの結果」の特徴と、「文化の営みの過程」の特徴が考えられる。前者は、科学・技術の知の体系として表され、科学・技術研究を通して累積され、論理的に体系化されるものである。後者は、科学・技術知を創り出す原動力である。それは科学・技術の思想、精神、方法とされている。

・知の体系としての科学技術(文化の営みの結果)の特徴

第1に、科学・技術という知識の存在、第2に、科学・技術という知識の表現としての特徴、第3に、科学・技術という知識構造としての特徴が挙げられる。

・科学・技術の思想、精神、方法(文化の営みの過程)の特徴

第1に、科学・技術を構成する思想や精神としての特徴、第2に、科学・技術を創造する方法としての特徴、第3に、科学・技術を現実世界に応用する方法としての特徴、第4に、科学・技術によって人間・社会・世界を理解する方法としての特徴が挙げられる。

②文化としての科学・技術教育

文化としての科学・技術教育とは、科学・技術教育の理論や実践の研究成果が認められ、蓄積されてきたものである。それらは学習者にとって次のような意義がある。

・原理や法則を探究し理解するとともにその活用および応用をめざす意義

数理などの原理・法則の探究と理解のための学習活動や、課題を解決するための手段・技術などを習得する学習活動を通して科学・技術に関わる実践的素養を学ぶ。

・問題解決過程における意義

日本の科学・技術教育における特徴の一つは問題解決学習にある。学習者は、自力解決と話し合いを中心とした問題解決活動を通して、科学・技術の概念の理解を図り、科学的な考え方などを身につけていく。さらに、人間を取り巻く科学・技術的な課題に対して主体的に取り組み自ら解決しようとする態度や、評価する力を身につける。

・多様な学習者による集団学習の意義

多様な学習者がいて、多様な考えが出され、それをもとに話し合うことで、科学・技術の概念の理解が深まる。このような学習活動により、新たな考え方に目を向けるだけでなく、他の学習者の考えを聞き、読み取り、さらには他の学習者にわかるように説明するなど、多様な人間が一緒に考え合う力が育てられる。

・工夫・創造を通した学習の意義

数理の原理・法則を理解し、その処理方法について知るだけにとどまらず、それらを活用する場面の工夫や、証明し実験する方法を考えることによって生涯にわたって生かすことのできる力が育つ。また、科学・技術に関わる知識や技能の習得と理解を深め、それをもとにした創造的学習の成果により、学習者はその理論について関心をもち、学習意欲が高まるという相乗効果がある。

 

1.4.2 科学・技術の性格と科学・技術教育

科学・技術教育は、以下のような科学・技術の性格に配慮して行われる。

(1)科学・技術が進展した必然性

科学・技術は、人間が自然の事物や数理的事象を探究しようとする知的好奇心と、科学・技術を利用して利便性や豊かさを実現したいという欲求に根ざしている。自然の事物や現象、法則、仕組みなどに自らの意思ではたらきかけ、探索するのは、人間に生まれながら具わった知的好奇心である。その活動には、神秘性への驚嘆や納得など、感情豊かな学びが伴っている。科学・技術の歴史は、そうした知的好奇心を精緻化し体制化してきた成果でもある。また人間は、より豊かに生きていくために、科学技術を利用して利便性や豊かさを獲得してきた。さらに、それまでに存在しなかった物質、機器、手段などの開発を実現し、新たなる科学的発見や法則の証明を推進した。科学と技術は相互補完的に発展し、相乗効果をもたらしながら、現代社会を形成している。その点に鑑み、すべての国民に早い年齢段階からの科学・技術教育が求められる。

(2)科学・技術が明らかにする事実及び真理の頑健性

科学・技術が明らかにする事実や真理は、人種、宗教、ジェンダー、言語の違いを超えて頑健なものである。科学・技術が明らかした事実や真理が、時世の権威や権力を凌駕してきた事例は枚挙の暇もない。人種、宗教、ジェンダー、言語など歴史的・文化的に多様な現代社会においては、信頼できる共通の基盤が必要とされ、その点で科学・技術の担う役割は大きい。一方で、科学・技術が固有な文化的・歴史的背景から派生してきたことも事実である。我が国固有の文化や歴史に配慮しながら、グローバルに信頼できる共通の基盤として科学・技術を身に付けることが求められる。

(3)科学・技術における思考の論理性・創造性

科学・技術の思考は、客観性や論理性を基盤としながら、創造性を追究する。それは、論理数学的に展開され、誰にも理解可能な形で表現される。仮説や理論は、客観的な証拠にもとづき、論理的推論により立証されていく。さらに、科学・技術の営みによって、それまでの知識体系に何らかの新たな寄与が求められる。従前とは異なる見方や考え方は、客観的な証拠から自動的に発生するものではなく、芸術家や建築家の思考と同じように、創造的な思考活動の産物である。科学・技術教育を通じて、信頼しうる知識体系を構成する方法や能力が培われ、同時に、創造的な知の芽生えが促される。

(4)科学・技術の営みの自律性・協同性

科学・技術は、自ら立てた規範に従い、基本的な考え方と態度を共有しながら協同的に営まれる。この営みは、現代社会の健全な発展のために必要で欠くことのできない社会的な営みである。科学者・技術者は、さまざまな形で情報を発信し普及に努める。必然的に、その活動や成果は他の科学者・技術者の批評にさらされるが、同時にそれによって世界中の最新動向を共有することを可能とする。その社会的な営みの中で科学者・技術者は、自ら立てた規範および倫理観を見失わないという制約を受けながら活動している。科学技術の規範に従いながら、自らが納得できる確かな知識体系を構成していく態度や習慣を形成することが求められる。

(5)方法としての科学・技術

科学・技術は、適用範囲や条件を考慮しながら、正当性や妥当性を高める方法を共有している。もっとも、つねに従うような定まった一連の手順などはなく、問題の解明に至る単一の道筋があるわけでもない。しかし、科学・技術には、正当性や妥当性を高める一定の方法がある。こうした方法は専門家の仕事を特徴づけるものであるが、同時に現代社会における市民すべてに、適正な判断や行動の基礎としてそれらを用いる力が求められている。そのためには、仮説の設定や測定、変数の制御やデータの解釈など、基本的な科学・技術のプロセスを経験的に身に付けることが必要である。

(6)科学・技術の文化性

科学・技術が個人の生活や社会に役立つ文化として実用的価値を実現している背景には、それが社会的に制度化され、大学、病院、企業、産業界、政府、独立研究機関などさまざまな場面で専門的活動の成果が社会に貢献しているという事情がある。科学・技術は、それらの集合体として構成されている。そのため個別の領域で、歴史、研究対象、使用機器、言語など多くの点で互いに異なる部分もあり、それはまた絶えず変化する。現代社会においては、職能として科学・技術を学ぶとともに、学校においてはもちろん、科学館や博物館、各種イベントなどを通して、すべての国民が継続的に、一つの文化としても体得することが求められる。

 

1.4.3 科学・技術教育の目的

(1)科学・技術教育とは

科学・技術教育とは、文化としての科学・技術を通して、個としての人間の発達を促すとともに、社会や文化の発展に寄与するものである。教育とは「被教育者の発展を助成する作用」であり、そこでの発展とは「存在から価値への発展」である。また教育活動は、「一面においては過去の文化は何であるかを理解しながら、他面においてよりよい文化を創造することによって自己を実現し、自己を実現することによって歴史の発展を企図する」ものである。このように、科学・技術教育は、人間、社会、科学・技術の三つを前提としている。

(2)科学・技術教育の目的

科学・技術を学ぶ目的は、単に実用上の利便性追求や「受験」などのためではない。またそれは、既存の事実として学習内容が決められているからでもなければ、関係教科が歴史的に継承させたい知識・技能を単に習得するためだけでもない。そこには学ぶことの意義をもった目的がある。

その目的は、大きく以下の三つの観点から捉えることができる。第1は、「人間形成」を目的とするものである。科学・技術、あるいはその習得を通して、能力を発達させようとするものである。第2は、「実用性」を目的とするものである。科学・技術の実用性に鑑み、その知識や能力を培って実用性を享受しようとするものである。第3は、「文化性」に依拠するものである。科学・技術は、人類の長い歴史の中で築き上げられてきた文化的所産であると捉えることもできる。このような文化を享受すること、すなわち科学・技術のよさを知り、その価値を認めようとする態度を育成することである。

これらの具体的な目的としては次のものが挙げられる。

①人間形成

・自律的な態度を養う

・真理を追求する態度を養う

・科学的に考える力を養う

・科学・技術の方法や成果を運用する力を養う

・科学・技術に対する判断力(評価力)・倫理観を養う

・環境や他者の論理を尊重しつつ考え合う力を養う

・創造性を養う

・脳の思考と手指の制御を連動させた巧緻性を養う

②実用的価値

・科学・技術に関する知識を身につける

・科学・技術を有効かつ安全に用いる力を養う

・科学・技術の合理的な活用方法を身につける

・問題解決の力を養う

・工夫する力を養う

③文化的享受

・科学・技術の意義を認識する

・科学・技術の社会的有用性を理解する

・科学・技術成果の美しさを体感する

・科学・技術活動の楽しさ・感動を体得する

・科学・技術に関わる活動や職業に対する理解を深める

(3)科学・技術教育の目的をどのように実現させていくか

科学・技術教育の目的については、上の三つのいずれかとみなすのではなく、三つの目的を総合的に捉える必要がある。これらは、学校教育、家庭教育、社会教育のように、教育の対象や場の違いによりそれぞれの扱い方や軽重が変わりうるものであり、また職業教育や生涯学習という別の次元もある。三つの目的を総合的に捉える必要がある場合や、それらが重複する場合もある。さらに、多様な価値観が存在する現代社会では、どの目的を中心に置くのかについて同意形成が求められることもある。

仮に人間形成を中心においても、その選択の幅は広い。一方の極では、科学的な態度や思考方法の理解をめざし、他方の極では、知識や技能の習得を図ることが可能であろう。また、実用的目的においても、日常生活、社会、経済、科学・技術だけではなく、入学試験などまである。このようにみてくると最終的には、科学・技術教育に携わる者が、広範な目的の中から自身の目的を選択することが必要になってくる。

その目的を前述のいずれか、またはすべてにおくとしても、科学・技術教育の目的を達成するための実践を進める際には、幼児期から自然の事物や事象に関する見方・考え方を充分に伸ばす機会を準備し、また、技術的な素養についても、幼児・児童の段階から実体験を通して、その資質を定着させることが肝要である。この段階で観察し、考え、操作し、製作するなどの楽しさを味わうことができれば、それ以後の科学技術の学習に対する意欲が高められよう。これらの教育的活動は、発達段階に応じて精選された学習内容や方法によって構成され、順次高度化されるべきものである。

その学習成果は、製品の仕組みや製造工程を直接知ることができない現代の状況においても生かされる。それは、数理や自然界の真理を探究する態度や、科学・技術に対する関心や評価を高める姿勢となり、生涯にわたり維持され、個人の人格形成のみならず健全な社会の基盤構築につながるはずである。