2.2 人間性はどのように生まれたか -心の進化-

この節では、生物学的にみれば「一介のチンパンジー」にすぎなかったヒトが、どのようにして「特別なチンパンジー」へと進化していったのかについて、人類進化上で生じた重要なできごとと関連させて説明する。

 

2.2.1 未熟な赤ん坊、長い子ども期と長寿

ヒトの生物学的特徴については、直立二足歩行その他、さまざまなものがある。それらはすべて、ヒトという生物の心と行動を生み出すのに寄与しているのだが、ヒトに固有の脳活動を生み出すにあたっての背景として重要な性質の一つは、ヒトの生活史のパターンである。

ヒトと大型類人猿の成長を比較すると、いくつもの違いが見られる。まず、ヒトの新生児は、類人猿の標準に照らすと胎児同然の未熟な状態で誕生してくる。その原因は、ヒトの脳が大きくなったことと、直立二足歩行により産道が屈曲し狭くなったことの両方にあると考えられる。ヒトの新生児の脳重は、成人の脳の26%ほどの段階であり、その後、出生後も胎児期と同様のスピードで大きくなる。他の霊長類では、新生児の脳重は成体の50~60%、チンパンジーでも38%であり、出生後の脳の成長のカーブは、胎児期よりもずっと遅くなる。つまり、ヒトは、成体の脳があまりにも大きいので、まだ脳がそれほど発達しないうちに出産してしまい、それ以後、母体の外でさらに急速な成長を続けるのである。

安全な出産のためには、まだ新生児の脳が成長しきらない段階での出産が有利になる。しかし、その分、新生児は、運動能力でも体温の保持の点でも無力であるので、子育ての負担が大きくなる。さらに、成人の脳が大きいということは、成人がさまざまな技術を発達させて複雑な生活をする可能性があることを示しているが、そのような成人にまで育つためには、子どもが学ぶべき事柄が多く、一人前になるまでに長い時間と学習の機会が必要となる。事実、ヒトの成長の2番目の特徴は、繁殖年齢に達するまでに、ひじょうに長い子ども期があることだ。

チンパンジーでもゴリラでも、離乳を終えた個体はひとまず自分で自分の食料を得ることができる。チンパンジーの食料の90%以上は、ただ手でむしりとって口に入れるだけで採集できる食物であり、離乳を終えた子どもが独力で充分に手に入れることができる。しかし、たとえば狩猟採集民の食料の多くは、高度な技術の必要な狩猟や、堅い地面からの掘り出し、あく抜きなどの抽出作業が必要なものであり、離乳した子どもがすぐに自分で得ることが困難である。すると、離乳が終わったといっても、食料採集活動を自ら行えるようになるまでには、ヒトは、長い時間と学習を要するようになる。もちろん、その間、子どもは誰かに養ってもらわなければならない。

未熟な赤ん坊、長い子ども期と、このような多大な育児投資が強いられる状況では、どこかから養育援助を得られた女性は、繁殖上有利になったにちがいない。養育援助者としては、子どもの父親、母親の親族が考えられる。家族を構成する具体的なメンバーが誰であるかはヒトの集団によって異なるが、年齢の異なる未成熟の兄弟姉妹、親、血縁者からなる「家族」という絆は、ヒトのどの社会にも見られる。チンパンジーには、母子以外の強力な絆は見られないが、ヒトにおける家族生活の誕生は、母親だけでは子育てが困難な状況から生まれたのだろう。このような手間とエネルギーを要する子育ては、共同で行う方が効率がよい。ヒトは霊長類の中でもきわめて珍しい共同繁殖する種なのである。

第3に、ヒトはチンパンジーやゴリラと比べて長寿であり、体重の影響を差し引いても長寿である。とくに女性においては閉経後の時間が非常に長い。閉経とは、今後の繁殖の可能性がまったくなくなることを意味しており、それ以後も相当期間生き続けるというのは、生物学的には謎である。これは、近代の医療や福祉によって集団の平均寿命が延びた、という話とは異なる。いつの時代にも長生きしたヒトはいたのであり、ヒトの生物学的潜在寿命は非常に長いのである。

このような長寿命、とくに繁殖終了後の祖母の存在は、孫をはじめ幼児の子育て支援に実質的に参加することによって、娘世代の繁殖を助けるという適応的効果があるのではないかとも考えられている。

 

2.2.2 共同体と共感性の誕生

ヒトほど複雑で持続的な社会的協力行動を表す哺乳類は他にいない。また、ヒトほど自分以外の他者の気持ちを察し(共感や同情)、親密な愛情を感じることのできる哺乳類も他にない。そもそも霊長類では、社会生活を送り、個体識別をし、他者に関する情報を蓄え、それらを操作することで脳が進化した(社会脳仮説)。しかし、ヒトの集団における共同作業や信頼と分業は、質・量ともに群を抜いている。男性の狩猟、女性の採集活動という分業は、狩猟採集社会ではよく見られるが、そのほかにも、さまざまな職種や社会的役割において、ヒトは分業し、共同作業をしている。

そこには、互いの心を読み合い、感情を共有し、信頼関係を築く、深い絆の形成が必須である。他者の心的状態を推測し、他者の行動を、その意図と欲求に帰属させる認知的働きを、「心の理論」と呼ぶ。ヒトでは、「心の理論」がひじょうに発達し、他者の認知的理解が進んでいるが、それだけではない。他者の感情への共感、感情移入などがあり、協力関係が維持されていることに対する大きな喜びや愛情がある一方、それが壊されたり裏切られたりしたことに対する、激しい怒り、憎悪、嫉妬、悲しみ、後悔などの感情もある。

このようなヒトの共同体生活は、前項でのべた共同繁殖(集団内で手のかかる子育てを支援しあうこと)をベースに発展したのだと考えられる。また、他者を信頼できる協力的な社会を維持するには、社会的寄生者(フリーライダー)を排除する機構が必要である。

ヒトは記憶容量が大きく、多くの個体の顔を識別できるとともに、その個体の行動に関する多くの情報を蓄えておくことができる。また、言語コミュニケーションによって、他者に関する「噂」も伝え合うことができる。そして、先に述べたような複雑な感情系も、このような信頼関係の維持にあたって行動を起こさせるための動因となっていると考えられる。

 

2.2.3 脳の進化

ヒトの成人の脳容量は、およそ1400ccであり、チンパンジーの脳容量の380ccをはるかに上回る。同じ体重の霊長類から推定される脳容量に比べ、ヒトはとくに大きな脳を持っている。ヒトの脳は、体重のおよそ2 %であるが、代謝エネルギーの18%をも使っている。このような「高くつく」器官がむやみに大型化するよう進化するはずはなく、人類の系統で脳の大型化が急速に進行したことには、なんらかの淘汰圧が強力に働いたからに違いない。

人類化石から、脳容量の進化的変化を再構築すると、人類の脳は、徐々に直線的に増加してきたのではないことがわかる。直立二足歩行を始めたばかりのサヘラントロプスや、その後のアウストラロピテクス類では、脳容量は、現在の類人猿とほとんど変らない、400cc程度であった。その後、およそ250万年前から出現するホモ属になると、700ccから1000ccになる。さらに、ホモ・サピエンスが出現するころの20万年ほど前には、1400ccほどにまで、再度大きくなる。

また、ヒトの脳は、単に類人猿の脳がそのまま大きくなったのではない。ヒトではとくに、前頭葉前野が大きくなっている。この部分は、高度な推論をしたり、一連のことがらの間の優先順位をつけたり、感情系からのインプットに抑制をかけたりする仕事を行っている。この部分はまた、自意識と他者の理解、他者への共感とも深くかかわっている。

このような、2段階での急激な脳の大型化がなぜ、どのようにして起こったのかについては、まだ解明はされていない。脳の進化を促す淘汰圧として、社会生活における他者の心の状態を上手く読めることの重要性については先に述べた。感情系と認知系との密接なリンクや、前頭葉前野の発達も、子育てと社会生活のよりよい運営において重要な役割を果たしたことは確かであろう。

しかし、より発達した社会生活と協力関係は、なぜ進化的に有利になったのだろうか。人類進化史上、脳容量の増大は、環境要因が激動した時代に生じている。ホモ属の出現のときは、地球規模での寒冷化とアフリカの草原化の時代であった。ホモ・サピエンスの出現のときには、氷河期と間氷期のめまぐるしい交代の時代であった。

しかも、この時期、人類は、アフリカを出て世界に進出しているのである。ますます厳しくなる環境で新たな未知の土地へと進出していった人類にとって、互いに心を読み合い、相手の状況を察することによって協力し合い、大量の情報を交換して次の事態に備えることは、格段に有利となったことだろう。

 

2.2.4 言語の起源

言語は2.5で詳しく述べるように、ヒトのコミュニケーションの手段でもあり、複雑な思考を可能にする重要な知的ツールでもある。音声言語はいつどのようにして誕生し、どのように進化したのだろうか。化石人類が言語を持っていたかどうかを示す直接の証拠は残らないので、この問題には、さまざまな間接的アプローチを駆使していくほかはない。

ヒトの言語には、側頭葉のブローカ野と呼ばれる部分と、ウェルニッケ野と呼ばれる部分がかかわっている。ブローカ野は発話に、ウェルニッケ野は言語の聴覚認識にかかわっていることが知られている。ブローカ野は、側頭葉前部の多少ふくらんだ部分にあるが、初期のホモ属の脳でもこのふくらみが見られるが、アウストラロピテクス類には見られないので、ホモ属では、何らかの言語能力があったのかもしれない。しかし、言語能力には、これら以外にも、文法の理解や単語の記憶などの多くの能力が関係しており、それらのすべてを特定することは難しい。

それでは、脳ではなくて、発声器官のほうを見てみよう。哺乳類の発声器官には、基本的に二つのパターンがある。一つは、喉頭が比較的高い位置にあるもので、食物などの嚥下と呼吸を同時に行うことができる。もう一つは、喉頭が比較的低い位置にあるもので、食物を嚥下するときには、気道を閉じねばならない。ヒトの成人は、後者のパターンであるが、哺乳類一般、およびヒトの赤ん坊は、前者のパターンである。

喉頭が低い位置にあると、そこから上の部分の空間が広くなり、横隔膜からの力と口の形を変えることによって、さまざまな音を発することができるようになる。喉頭の位置は、頭蓋底の形に反映されることが知られている。すなわち、喉頭が高いと、頭蓋底は平坦であるが、低い位置にあると、頭蓋底が傾斜するのである。アウストラロピテクス類の頭蓋底は、類人猿などと同じく平坦なので、おそらく喉頭の位置は高かったのだろう。初期のホモ属では、はっきりしたことはわからないが、多少の傾斜が見られるようである。30万年ほど前の古代型サピエンスで初めて、現在のヒトと似たような、低い喉頭の位置が示唆されるようになる。

最近、発話や文法理解に関連しているかもしれない、FOXP2という遺伝子が注目されている。この遺伝子は、現生のヒト集団ですべて同じであり、他型は存在しない。3代にわたって言語能力に異常が見られる家系と、それとは別個の、言語障害のある個人において、このFOXP2遺伝子に異常が発見された。

そこで、この遺伝子の系統進化を調べたところ、チンパンジー、ゴリラ、アカゲザルのFOXP2遺伝子はみな同じで、ネズミとは塩基配列の1個所で異なるが、ヒトのFOXP2遺伝子は、チンパンジーとは2個所で異なることがわかった。そこで、このヒトに固有の変化がいつ起きたかを推定したところ、およそ14万年前ごろであることが示唆された。これは、ホモ・サピエンスが進化した時期と一致する。

現生のヒトが持っている言語能力が、いつごろから進化したのかについては、これらの研究結果があるが、まだ総合的に納得のいく解答は出ていない。

それでは、言語能力は、なぜ進化したのだろうか。これは言語の起源の問題であるが、これも相当な難問である。この疑問に答えるには、そもそも言語のようなコミュニケーション手段をもつことが必要であり、有利であったような社会的条件は何であったかを探らねばならない。前述のような、子育てに対する多大な投資、共同繁殖、分業と共同作業の社会は、言語コミュニケーションの発達を促す土壌を提供したかもしれない。

 

2.2.5 柔軟な認知能力

動物が生きていく上で直面する、解決するべき問題には、いくつかの異なる種類のものがある。たとえば、他の生き物を餌として取り、自らが捕食者に食われるのを回避せねばならない。これには、自然界に存在するさまざまな生き物に関する知識を有し、生き物に関する推論をせねばならない。

また、生物ではない物体の動きや、地面や石などの物理的性質についても、知識をもち、推論せねばならない。これは、他の生物に関する問題解決とはまったく異なる性質のものである。さらに、同種の他個体との社会関係に関する問題がある。誰が誰と仲がよいのか、誰はだれよりも順位が高いのか、あそこにいる仲間は何をしているのか、といった事柄に関する問題解決も、先の二者とは性質の異なる問題である。

このような、基本的に異なる性質の問題解決のために、脳には、それぞれの問題解決に特化したモジュールが進化してきた。事実、現在のヒトの脳でも、物理的な因果関係を考える部位と、他者の心を推論する部位とは異なっている。

人類の進化の過程で、これらそれぞれの認知モジュールは、それぞれが発達していったと考えられるが、ヒトでは、もはや異なる認知モジュールが独立に働いているのではない。ヒトは、社会的な認知にかかわる知能を、他の生物にかかわる知能と結びつけたり、物理的な世界にかかわる認知を、社会的なものに結びつけたりすることができる。つまり、認知的な流動性を備えている。認知的な流動性は、比喩やアナロジーを可能にし、さらなる高度な発明、発見の可能性を開いた。

これが可能である根底には、あらゆる思考をシンボルで表す言語の存在が重要な役割を果たしているに違いない。

単純な脳容量だけからいえば、ネアンデルタール人はホモ・サピエンスよりも大きな脳を持っていた。両種は同時代に一部の地域では共存していた可能性が高い。しかし、結局のところネアンデルタール人は絶滅したが、ホモ・サピエンスは、地球上に広がった。遺物で見る限り、ネアンデルタール人の道具や装飾品は、ホモ・サピエンスのそれよりも貧弱である。ネアンデルタール人が滅びた理由は、まだはっきりとはわかっていないが、彼らには、サピエンスほどの柔軟な認知的流動性はなかった可能性がある。

 

2.2.6 文化の生成と伝達

ヒトが他の類人猿と異なる重要な特徴の一つは、文化の生成と伝達である。道具などの物質的なものにせよ、習慣のような非物質的なものにせよ、ある社会集団が生み出したものを、遺伝以外の道筋で前の世代から後の世代へと伝えられていくものを文化と呼ぶならば、ヒト以外の類人猿にも文化は存在する。

たとえば、チンパンジーは、ある生物を食物とするか否か、ある食物をどのようにして食べるか、どのような挨拶行動や求愛行動をするかなどについて、地域個体群ごとに違いが見られる。それらの違いは、生態学的環境の違いによって説明することは難しく、文化伝達によるものだと考えられる。

しかし、ヒトの文化は、その量とヒトという存在への影響、重要さにおいて他に類をみない。実際、ヒトは、多くの問題を遺伝進化によるのではなく、文化的に解決している。たとえば、ホッキョクグマが北極地域に進出するには、毛皮が厚くなったり、色が白くなったりせねばならなかった。これは、ホッキョクグマのゲノムに生じた遺伝進化による適応である。しかし、ヒトが北極域に進出することは、寒冷な気候に対する遺伝進化が起きることによってではなく、ホッキョクグマなどの動物を狩って、その毛皮を利用するという文化的問題解決によって可能になったのである。

すると、今度は、ヒトに必要なのは、さまざまな問題に対して文化的に解決方法を考案することや、すでにある文化を素早く効率的に習得する能力となった。ヒトがまず第一に適応すべきは、実際の物理的、社会的環境というよりは、物理的、社会的環境に対処するように伝えられてきた文化環境となったのである。

特定の問題解決の方法が文化的に伝達されると、素早く、多くの人々が恩恵をこうむることになる。どこかで誰かが問題解決の方法を考えつけば、それを伝達し、理解することによって、実際には個別に問題解決を考えつくことができなかった人々もすべて、恩恵をこうむることができる。そして、それを次世代に伝えることにより、次世代は、新たに同じ問題解決を発見する必要はなく、そこから出発してその先を目指すことができる。こうして文化的蓄積は、一方的に増加していく。

これによってヒトは、急速に発展することができるようになった。ゲノムに書かれた情報による遺伝進化と、ゲノム以外のところに蓄積される情報による文化進化と、ヒトは二つの異なる継承と発展の道筋を得たのである。

 

2.2.7 定住と文明の誕生

人類は長い間、狩猟採集生活を主な生計活動としてきた。狩猟採集生活は、周囲の自然から動植物を得て食料とする生活であり、毎晩戻ってくるベースキャンプはあり、短期間に一定の場所にとどまることはあるものの、周囲の食料事情に応じてキャンプを移動する放浪生活である。このような非定住の生活が、人類史のほとんどを占めてきた。

しかし1万2000年前ごろ、植物の栽培と動物の家畜化が始まった。それは、農業革命とも、新石器革命とも呼ばれている。その後、定住生活が開始されるようになった。1万年ほど前に、中近東の「肥沃な三角地帯」で、小麦、大麦、エンドウ豆などの栽培と、ヤギ、ヒツジ、ウシの牧畜が始まった。次いで9000年ほど前に、中央アメリカにおいて、トウモロコシ、ウリ、綿などの栽培が始まった。そして、7000年ほど前に、中国で、米、大豆、ヤムイモ、タロイモなどの栽培とブタの飼育が始まった。

この先、定住生活と人口増加が始まり、それは、都市の形成と文明の発展の基礎となった。農耕と牧畜は、富の蓄積を可能にし、貧富の差をもたらしたが、一部の人々に物質的余剰と時間的余暇をもたらし、さらなる発明、発見を促した。そうして発明された文字は、ヒトの記憶容量を格段に増加させ、文化伝達の質と量に大変革をもたらした。そののちの国家の成立、科学技術の発展、大規模な環境破壊、高度な精神文化の生成は、すべて、農耕・牧畜と定住生活がもたらした余剰生産をもとに発展しえたのである。